東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)280号 判決 1979年5月14日
原告 須永八重良
被告 神田税務署長
訴訟代理人 竹内康尋 高梨鉄男 外二名
主文
原告の主位的請求に係る訴えを却下する。
原告の予備的請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(主位的請求)
1 被告が昭和四一年二月二八日付でした原告の昭和三九年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定(昭和四一年六月二五日付異議決定により一部減額された後のもの)を取り消す。
(予備的請求)
2 右1の各処分が無効であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前の答弁)
1 主位的請求に係る訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の請求原因
一 原告は、その昭和三九年分所得税について次表確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告から同表更正欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定(以下一括して「本件課税処分」という。)を受けたので、これに対して異議申立をしたが同表決定欄記載のとおり一部減額を得ただけであつたので、さらに審査請求をしたが棄却され、その裁決書謄本は昭和四一年一〇月二九日原告に送達された。
項目
年月日
(昭和)
所得金額
税額
過少申告加算税
不動産所得
給与所得
譲渡所得
合計
確定申告
四〇・三・一五
五五万三二三八
二七万四〇〇〇
―
八二万七二三八
五万九七〇〇
―
更正
四一・二・二八
五五万三二三八
二七万四〇〇〇
一六四六万九七三一
一七二九万六九六九
七九七万一一〇五
三九万八五五〇
異議申立
四一・三・二九
五五万三二三八
二七万四〇〇〇
―
八二万七二三八
五万九七〇〇
―
異議決定
四一・六・二五
五五万三二三八
二七万四〇〇〇
一〇四七万〇五七六
一一二九万七八一四
四六七万一六〇〇
二三万〇五五〇
審査請求
四一・七・一八
五五万三二三八
二七万四〇〇〇
―
八二万七二三八
五万九七〇〇
―
裁決
棄却
(単位 円)
二 しかしながら、本件課税処分は所得がないにもかかわらずされたものである点において違法があり、これは重大かつ明白な瑕疵である。
三 よつて、原告は、主位的に本件課税処分の取消しを求め、予備的にその無効であることの確認を求める。
第三請求原因に対する認否
請求原因一の事実は認めるが、同二の主張は争う。
第四被告の本案前の主張
本件課税処分に対して原告がした審査請求に対する裁決書謄本(以下「本件裁決書謄本」という。)は、昭和四一年一〇月二九日原告に送達されたところ、右課税処分の取消しを求める本件の主位的請求に係る訴えは、同日から起算して(法令の用語例に従い初日を算入すべきである。)三箇月を経過した後の昭和四二年一月三〇日に提起されているから、法定の出訴期間を徒過した不適法なものとして却下されるべきである(行政事件訴訟法一四条一項、四項)。
第五被告の本案の主張
一 原告の係争年における総所得金額は一五〇六万五二二〇円であつて、その内訳は、譲渡所得八一二万六二四七円、不動産所得六六六万四九七三円、給与所得二七万四〇〇〇円である(これは、原告の請求原因一の表に記載されている本件課税処分当時の認定とは異なるが、譲渡所得の認定に一部誤りがあり、不動産所得に脱漏があつたので、これを正しく改めたものである。)。
二 右のうち、争いのある譲渡所得と不動産所得について説明すると、次のとおりである。
1 譲渡所得について
(一) (資産の譲渡)
原告が代表取締役をしていた赤城衣料工業株式会社(以下「赤城衣料」という。)は、昭和三九年当時その取引先である丸紅飯田株式会社(以下「丸紅飯田」という。)に対し一八九〇万四五六二円の買掛金債務を負担しており、原告はその債務を保証していたが、原告は、昭和三九年八月三一日に自己の所有する別紙物件目録記載(一)の土地(以下「第一物件」という。)及び(二)の建物(以下「第二物件」という。)を、同年七月一日に同じく自己の所有する同目録記載(三)、(四)の土地(以下「第三物件」、「第四物件」という。)を、右買掛金債務の代物弁済として丸紅飯田に譲渡し、同年九月一四日及び一一月四日にその旨の所有権移転登記を経由した。右所有権の移転は、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下同じ)九条八号に規定する資産の譲渡として課税されるべきである。
(二) (譲渡価額)
本件各物件の所有権の移転は、右のとおり、赤城衣料の丸紅飯田に対する買掛金債務一八九〇万四五六二円の代物弁済としてされたものであるが、第一、第二物件については、東京相互銀行の赤城衣料に対する債権四三二万四四二八円を被担保債権とする抵当権が設定されていたので、右買掛金債務額一八九〇万四五六二円にこの被担保債権額四三二万四四二八円を加算した二三二二万八九九〇円が本件各物件の譲渡価額となる。
(三) (取得費)
第一ないし第三物件は、以前いずれも訴外須永とくの所有であつたが、原告は同人から第一、第二物件については昭和三三年四月一六日に贈与により、第三物件については同三二年一一月一八日に売買により、その所有権を取得した。そして、第一、第二物件の右贈与に伴い、その当時、須永とくに対して「みなし譲渡」として譲渡所得税が課されるとともに原告に対しても贈与税が課され、その際の第一物件の評価額は四一四万二六〇〇円、第二物件の評価額は七二万円であつた。また、第三物件の売買についても著しく低い価額で譲渡したとして須永とくに対して時価による譲渡所得税が課されるとともに原告に対しても贈与税が課され、その際の同物件の評価額は三〇万一六三四円であつた。それゆえ、第一物件の取得費は右評価額である四一四万二六〇〇円、第三物件の取得費はその評価額である三〇万一六三四円である。また、第二物件については、その減価償却額が一四万一三八四円であり、原告が昭和三三年五月一二日に一八九万九三一〇円の費用を投じて右物件の増改築をしたが、この増改築により価値を増した部分の減価償却額は三九万〇〇二三円であつた。それゆえ、第二物件の取得費は前記評価額七二万円に増改築費一八九万九三一〇円を加えた額から右減価償却額の合計額五三万一四〇七円を控除した二〇八万七九〇三円である。第四物件の取得費は、原告がこれを昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していたものとして旧所得税法一〇条の五第一項の規定により昭和二八年一月一日における価額を旧所得税法施行規則(昭和二三年勅令第一一〇号)一二条の一九に定める相続税評価基準により算出した二九万四三五九円である。
したがつて、本件各物件の取得費は、以上を合計した六八二万六四九六円となる。
(四) (譲渡所得金額)
そうすると、本件各物件の譲渡所得金額は、(二)の譲渡価額二三二二万八九九〇円から(三)の取得費六八二万六四九六円を控除し、さらに法定の特別控除額一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する八一二万六二四七円となる(旧所得税法九条)。
2 不動産所得について
(一) 原告は、第二物件を次の約定で東京作業服株式会社(以下「東京作業服」という。)に賃貸した。
(1) 貸付部分 別紙図面のA、B、Cの部分
契約年月日 昭和三八年一二月三一日
契約期間 昭和三九年一月一日から同四五年一二月三一日まで
月額賃料 七万円
支払期 毎月末日
(2) 貸付部分 別紙図面D、E、G、Hの部分
契約年月日 昭和三九年七月一日
契約期間 昭和三九年七月一日から同四五年一二月三一日まで
月額賃料 六万円、但し、全賃貸期間の賃料を一括前払いする場合は三六〇万円とする。
権利金 二五〇万円
なお、第二物件は、右貸付後である昭和三九年八月三一日に丸紅飯田に代物弁済として所有権が移転されているが、その後の使用権も契約により原告にあり、原告が右賃料を受領していたものである。
(二) 原告は、右(1)の貸付により昭和三九年中に賃料として八四万円の収入を得たが、(1)の部分の減価償却額(一年分)は三万三七四一円であつたから、右総収入額から右減価償却額を控除した八〇万六二五九円が原告の所得となる。
(2)の貸付につき、原告は全賃貸期間の賃料の前払いとして、昭和三九年八月一五日に四〇万円、同月一七日に一八五万円、同月二二日に一三五万円、合計三六〇万円を東京作業服から受領し、また、同年七月一日に権利金として二五〇万円を受領したが、(2)の部分の減価償却額(全賃貸期間分)は二四万一二八六円であつたから、右総収入額から右減価償却額を控除した五八五万八七一四円が原告の所得となる。
以上の合計六六六万四九七三円が原告の係争年分の不動産所得である。
三 以上のとおり、本件課税処分は正当な総所得金額の範囲内でされたものであるから、なんら違法ではない。
第六被告の本案前の主張に対する原告の反論
行政事件訴訟法一四条四項は、審査請求をした場合には、これに対する裁決があつたことを知つた日を基準として同条一項を適用すべきであることを定めたものにすぎず、同条四項の「起算する」との文言は必ずしも初日算入を意味するものではなく、単に期間計算の起点を示す文言にすぎない。また、同条四項の場合に限つて初日算入と解することは同条一項の定める取消訴訟の出訴期間を実質的に一日短縮することになり、国民の利益を奪う結果となる。それゆえ、同条四項の出訴期間も、民法の初日不算入の原則に従い、裁決があつたことを知つた日の翌日から起算されるべきである。したがつて、本件の出訴期間は、昭和四一年一〇月二九日の翌日から起算して三箇月後の同四二年一月三〇日(同月二九日は日曜日である。)に満了したのであり、本件の主位的請求に係る訴えは出訴期間内に提起されたものというべきである。
第七被告の本案の主張に対する認否
一 被告の本案の主張一の事実中、原告に給与所得二七万四〇〇〇円があつたことは認めるが、その余の点は否認する。
二 同二1(一)の事実中、赤城衣料の丸紅飯田に対する買掛金債務額が一八九〇万四五六二円であつたこと、原告が本件各物件を代物弁済として丸紅飯田に譲渡したことは否認する。原告が譲渡所得税を課されるべきであるとの点は争う。その余の事実は認める。なお、原告は、本訴において、当初は、第一、第二物件を代物弁済として譲渡したものであるとの被告の主張を認めていたが、これは真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであるから撤回する。
同(二)の事実中、第一、第二物件に被告主張のとおりの抵当権が設定されていたことは認めるが、その余の点は争う。
同(三)の事実中、第三物件の評価額が三〇万一六三四円であつたこと、第二物件についての増改築費が一八九万九三一〇円であり、その取得費が二〇八万七九〇三円であつたこと、本件各物件の取得費合計額が六八二万六四九六円であつたことは否認し、その余の事実(第二物件についての各減価償却額の点は除く。)は認める。
同(四)は争う。
三 被告の主張二2(一)の事実中、原告が第二物件をその主張する約定((2)につき権利金二五〇万円の約定があつたとの点は除く。)で東京作業服に賃貸したことは認めるが、右権利金の約定の存在は否認する。
同(二)の事実中、原告が昭和三九年中に東京作業服から(1)につき八四万円を、(2)につき三六〇万円を受領したことは認めるが、右三六〇万円が前払賃料であること並びに権利金二五〇万円の受領は否認する。
第八原告の反論
一 譲渡所得について
本件譲渡所得の課税には、次の1ないし3の瑕疵がある。
1 譲渡事実の不存在
原告は、丸紅飯田に対してその所有に係る本件各物件のうち、第一、第二物件については昭和三九年九月一四日受付(登記原因昭和三九年八月三一日付代物弁済)の、第三、第四物件については昭和三九年一一月四日受付(登記原因昭和三九年七月一日付代物弁済)の所有権移転登記手続をした。しかし、真実は代物弁済として譲渡したものではなく、譲渡担保又はこれに類する担保として提供したものにすぎない。すなわち、赤城衣料は、昭和三九年頃から経営不振に陥り、当時、丸紅飯田に対して約二七〇〇万円の債務を負つていたので、同年八月頃、原告、赤城衣料、丸紅飯田が協議して赤城衣料の存続をはかるため、原告が丸紅飯田に対して、第一、第二物件については赤城衣料が丸紅飯田に対して負つている右債務を担保する目的で、第三、第四物件については赤城衣料が今後丸紅飯田と取引を継続することにより丸紅飯田に対して将来負うべき債務を担保する目的で、それぞれ譲渡担保又はこれに類する担保として提供することにしたものであつて、実質的に所有権を移転したのではなく、単に所有名義を預けたにすぎない。本件各物件が代物弁済として譲渡されたものでないことは、丸紅飯田が、本件各所有名義の変更に伴い課税された不動産取得税及び固定資産税の支払いを原告に求め、また、昭和四〇年六月三〇日現在の赤城衣料の残債務が一八二〇万四五六二円であることの確認を求める「勘定残高確認依頼書」を赤城衣料に送付しており、本件所有名義の移転によつては赤城衣料の債務は全く減額していないものと扱つていたこと、赤城衣料も、右所有名義の移転後に丸紅飯田に対して債務の弁済を続け、昭和三九年九月七日に三〇万二七三八円、同月三〇日に四四万四九六〇円、同年一〇月五日に二四二万三五一九円、同年一二月二六日に八〇万円を支払つたこと、その後も原告は本件各物件の管理、収益を継続し、丸紅飯田が第三、第四物件を原告に無断で売却したことを知つて丸紅飯田に対して損害賠償請求等の訴訟を提起したこと、右訴訟は、昭和四四年六月一七日裁判上の和解によつて終了し、第二物件及び第四物件のうち分筆後の五〇番の一については原告が所有権を有することが確認され、赤城衣料は丸紅飯田に対して買掛金債務の残額を支払つたことからみても、明らかである。
それゆえ、原告に譲渡所得が生じる余地はない。
2 譲渡価額の誤認
仮に本件各物件の所有権が丸紅飯田に移転したとしても、前記のとおり、右所有権の移転によつては赤城衣料が丸紅飯田に対して負つていた債務はなんら消滅せず、それゆえ、原告が赤城衣料に対して求償権を取得する余地もなかつたのであるから、本件各物件の譲渡価額を右債務額(被告は一八九〇万四五六二円と認定したがこれは誤りである。)を根拠に算定した本件課税処分は誤りである。
3 取得費の誤認
本件各物件の取得費を算定するについては、次の(一)ないし(五)を考慮に入れるべきである。
(一) 第一、第二、第四物件の評価額は、被告の主張するとおり、それぞれ四一四万二六〇〇円、七二万円、二九万四三五九円であつたが、第三物件(昭和三二年当時の面積は九一・三二坪であつた。)の評価額は四六万〇二二四円であつた。
(二) 被告の本案の主張二1(三)のとおり、原告が須永とくから第一、第二物件の贈与を受けたことに伴い原告に贈与税四一万三三二〇円が課され、また、第三物件の低廉譲渡を受けたことに伴つて原告に贈与税八万八二〇〇円が課された。
(三) 原告は、第一、第二物件の贈与を受けた際、同物件に商工組合中央金庫のために設定されていた抵当権の被担保債権三九五万五六〇六円を代位弁済した。
(四) 原告は、第一、第二物件の所有権取得登記手続費用として四万八二〇〇円を支出した。
(五) 原告は、第二物件(昭和三三年当時の建坪は三六坪であつた。)を贈与により取得してから、二五〇万円の費用を支出してこれを増改築した。
したがつて、右(一)の各物件の評価額及び(二)の贈与税額の合計に(三)ないし(五)の支出を加えた一二六二万二五〇九円が第一ないし第四物件の取得費である。ただし、本件課税処分の無効事由としては、被告の認めた取得費が右(一)及び(五)の合計額よりも過少である点のみを主張し、(二)ないし(四)の点は主張しない。
二 不動産所得について
1 被告は、原告に代物弁済による譲渡所得があつたということのみを理由として本件課税処分をしながら、本訴において右譲渡所得の認定に誤りのあることが明らかとなるや、本件課税処分を維持するために、別に不動産所得六六六万四九七三円があつたとの新たな主張を追加した。
しかし、課税処分の違法性が抗告訴訟で争われ、課税処分において認定された総所得金額の一部の存在が認められないことが明らかになつてから、課税処分の段階では把握されていなかつた他の所得の存在を主張することは、行政行為における公正手続の要請に反し、また、右のような所得を新たに追加する場合には、更正処分によるのが法の予定するところであり、更正処分には除斥期間の定めがあるのであるから、被告の本訴におけるような主張を認めるならば、実質的には右除斥期間の定めを潜脱してこれを経過した後に新たな更正処分をすることを許したのと同様になる。したがつて、被告の右主張は許されるべきではない。のみならず、右主張の変更は時機におくれたものとして却下されるべきである。
2 原告が前払賃料として受領したものであると主張されている三六〇万円は、前払賃料ではなく、毎月その賃料相当額分を返済する約定で東京作業服から昭和四五年一二月三一日までの賃料相当額を借り受けたものである。仮に賃料の一括前払いであつたとしても、昭和三九年分の所得となるのは、三六〇万円全額ではなく、同年分の賃料として取得すべき額だけである。
第九被告の再反論
一 原告は、本件各物件は譲渡担保又はこれに類する担保として丸紅飯田に提供されたものであると主張する。
しかし、右の点に関する原告の自白の撤回には異論がある。のみならず、本件各物件についてされた所有権移転登記の登記原因はいずれも代物弁済とされており、右登記がされた当時、赤城衣料はその振り出した手形が不渡りとなつて支払不能の状態にあつたのであるから、右登記をもつて担保権の設定がされたとは考えられず、右登記後には、丸紅飯田は本件各物件の所有者としてその処分又は処分のための交渉をしており、原告もこれに協力した。また、原告主張の勘定残高確認依頼書は、丸紅飯田がその帳簿上売掛勘定の記載がされていたものについて機械的に作成して各取引先に送付したものであつて、赤城衣料に売掛金債務が残存していることを意味しない。原告と丸紅飯田との間の裁判上の和解において第二物件及び第四物件のうち分筆後の五〇番の一の所有権が原告にあることを確認したのは、丸紅飯田から原告に対し再売買によつて所有権を移転したものとみるべきである。さらに、赤城衣料が丸紅飯田に支払つたと主張する金員は、昭和三九年八月一二日に赤城衣料の第三者に対する債権を丸紅飯田に譲渡し、丸紅がこれを取り立てたものであつて、前記の登記がされた後に赤城衣料がその債務の弁済として支払つたものではない。なお、本件代物弁済時における赤城衣料の丸紅飯田に対する買掛金債務額一八九〇万四五六二円は、右の各支払額を控除した後の金額である。
二 原告は、自己の負担した贈与税額及び代位弁済額をも譲渡所得における取得費に含めるべきであると主張するが、右贈与税は取得資産の対価ではないし、また、抵当権の目的物件の贈与を受けた場合には被担保債権を考慮しないで算定された時価により当該物件を取得したものとみなされるのであるから、右被担保債権の代位弁済額を取得費に算入する余地はない。
三 また、原告は、本訴における不動産所得の主張が許されないと主張する。
しかし、課税処分取消訴訟の審判の対象は、課税処分において認定された所得の総額が実際の総所得金額の範囲内であるかどうかということであるから、総所得金額を構成する各種所得の内容は単なる攻撃防禦方法にすぎない。したがつて、課税処分が適法であることの理由として処分時とは異なる各種の所得の存在を主張することは許されないものではない。
第一〇証拠<省略>
理由
一 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件課税処分の取消しを求める主位的請求に係る訴えの適否について判断する。
本件裁決書謄本が昭和四一年一〇月二九日原告に送達されたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告は、特段の事情がない限り、右同日に本件裁決があつたことを知つたものと推認すべきである。ところで、行政事件訴訟法一四条四項を適用して同条一項の取消訴訟の出訴期間を計算する場合には、裁決があつたことを知つた日を初日とし、これを期間に算入して計算すべきものである(最高裁判所昭和五二年二月一七日第一小法廷判決・民集三一巻一号五〇頁参照)。しかるに、本件の主位的請求に係る訴えが昭和四二年一月三〇日に提起されたことは記録上明らかであり、これは、原告が本件裁決があつたことを知つた日である同四一年一〇月二九日を初日に算入して計算すると、同条一項に定める三箇月の出訴期間を経過した後に提起されたものであるから、右訴えは不適法として却下を免れない。
三 次に、本件課税処分の無効確認を求める予備的請求について判断する。
1 譲渡所得
(一) 原告は、本訴において、当初は、第一、第二物件を代物弁済として丸紅飯田に譲渡したものであるとの事実を自白していたが、後にこれを撤回し、右物件は譲渡担保又はこれに類する担保として提供したものであると主張するに至つた。そこで、まず、右自白の撤回が許されるかどうかについて判断する。
原告が丸紅飯田に対して、その所有に係る本件各物件のうち、第一、第二物件については昭和三九年九月一四日受付(登記原因昭和三九年八月三一日付代物弁済)の、第三、第四物件については昭和三九年一一月四日受付(登記原因昭和三九年七月一日付代物弁済)の所有権移転登記手続をしたことは、当事者間に争いがない。
成立に争いがない甲第八、第九、第一七、第一八号証、第二三、第二四号証の各一、二(第二四号証の一は書込部分を除く。)、第二七号証、第二八号証(後記採用しない部分を除く。)、第三三号証の一ないし三、乙第三、第九、第一〇、第一二号証、原本の存在並びに成立に争いのない乙第一一号証の一ないし四(同号証の一は後記採用しない部分を除く。)、官公署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により成立を認める甲第三五号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第二一、第二五号証、証人木檜哲夫、同坂田政見(後記採用しない部分を除く。)、同堀田作治の各証言に原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を総合すると、次の(1)ないし(4)の事実が認められる。
(1) 赤城衣料(当時の代表取締役は原告)は、官公署で使用する制服の製造業を営む法人であり、取引先から縫製用の布地を仕入れて警察、消防署等に製品を納入していたが、原告は、昭和三六年一二月一八日最大の取引先である丸紅飯田のために第一、第二物件に極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、翌三七年二月一六日その登記をした。しかし、赤城衣料は、昭和三九年頃から営業成績が悪化し、同年七月には手形の不渡りを出したりして経営が行き詰まるに至つたので、同年七月一〇日に丸紅飯田に対する前記根抵当権の極度額が三〇〇〇万円に変更された。その当時、丸紅飯田は赤城衣料に対し二七〇〇万円ないし二八〇〇万円の売掛金債権を有していたが、同年八月一二日丸紀飯田と赤城衣料及び原告との間で右債権回収の方途に関する話合いが行なわれ、その際、赤城衣料は、右買掛金債務の一部の弁済として、丸紅飯田に対し、鎌倉市役所に対する債権七四万七六九八円、株式会社松屋横浜店に対する債権二四二万三五一九円、東京消防庁に対する債権八〇万円を譲渡し(これらの債権はその後取り立てられて、昭和三九年八月三一日に鎌倉市役所に対する債権の一部三〇万二七三八円が、同年九月三〇日にその余の四四万四九六〇円が、同年一〇月三一日に株式会社松屋横浜店に対する債権二四二万三五一九円が、同年一二月二八日に東京消防庁に対する債権八〇万円がそれぞれ丸紅飯田に入金された。)、その余の債務については、丸紅飯田が今後も赤城衣料との取引を継続してその再建に協力し、それによつて赤城衣料が挙げる営業利益のなかからこれを弁済することとし、右債権確保の手段として、本件各物件の所有名義を丸紅飯田に移転することになつた。そして、原告が右所有権移転登記手続に必要な書類一切を丸紅飯田に交付したが、赤城衣料が将来右債務を弁済すれば所有名義は原告に返還することとされていた。右のような経緯から代物弁済を登記原因とする前記所有権移転登記がされたものである。
(2) 右のように、本件各物件は登記簿上代物弁済として所有名義が丸紅飯田に移転されたものの、丸紅飯田は、右所有名義が移転したことによつては赤城衣料に対する前記売掛金債権はなんら減少していないものとし、将来右各物件を換価処分したときにはじめて清算を行なうものであるとの前提で、売掛金債権勘定をそのまま残存させる会計処理を行ない、昭和四〇年六月三〇日現在の売掛金が一八二〇万四五六二円である旨の勘定残高確認依頼書(甲第一七号証)を赤城衣料に送付したりした。また、丸紅飯田は、右各物件を固定資産勘定に計上せず、所有名義の移転に伴い不動産取得税として四四万二四〇〇円の賦課決定を受けたのに対しても、当初は、自己に所有権がないことを理由として原告にその支払方を要求し、原告もまた課税庁に対し所有権の移転が行なわれたわけではないとして丸紅飯田に対する右取得税の免除を歎願した(ただし、結局は丸紅飯田がこれを納入した。)。一方、原告は、第二物件につき、右所有権移転登記後もこれを東京作業服に賃貸して賃料を収受していた。
(3) 右所有名義の移転後も丸紅飯田と赤城衣料との取引は途絶えることなく継続して行なわれ、丸紅飯田は赤城衣料に対して若干の事業資金を融通したこともあつた。
(4) 丸紅飯田は、本件各土地の所有名義の移転につき前記(2)のような取扱いをする一方で、昭和四〇年二月二四日第三物件上に建物を所有していた大野彰吾に右第三物件を売却してその旨を所有権移転登記を了し、また、これより先昭和三九年中には第四物件上の一部に建物を所有していた市川ヤスに対し建物収去土地明渡請求訴訟を提起した(この訴訟は和解により終了した。)。これについて原告及び赤城衣料は、丸紅飯田が本件各物件の所有名義を原告に返還する際の障害となるような処分はしない旨約したにもかかわらずこれに違反したとして、丸紅飯田に対し損害賠償等を求める訴訟を提起したが、昭和四四年六月一七日に、第二物件及び第四物件のうち分筆後の元木五〇番の一の土地の所有権が原告にあること、赤城衣料の丸紅飯田に対する同日現在の買掛金債務額が一八二〇万四五六二円であることを確認し、赤城衣料が右債務のうち一一〇〇万円を弁済すれば、丸紅飯田はその余の債務を免除すること等を内容とする訴訟上の和解が成立し、その後、赤城衣料は右一一〇〇万円を弁済した。なお、右買掛金債務額一八二〇万四五六二円は、丸紅飯田が大野彰吾に売り渡した第三物件の代金一五五万円のうち七〇万円を買掛金債務の一部に充当した後の残高であり、したがつて右充当前の買掛金債務額は一八九〇万四五六二円であつた。
以上のとおり認められ、右認定に反する甲第二八号証、乙第一一号証の一の各記載部分、証人坂田政見の証言及び原告本人尋問の結果は採用することができない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実によれば、本件各物件の代物弁済を原因とする所有権移転登記は、その実質が本来の代物弁済契約に基づくものではなく、単にその形式を借りて赤城衣料に対する前記売掛金債権の支払いを担保し優先弁済を受けることを目的としたものであつて、要するに、真実は譲渡担保ないしはこれに類する担保として所有権を移転したものにすぎないとみるのが相当である。したがつて原告の前記自白は真実に反するものであり、特別の事情がない限り、錯誤に基づいてされたものと推認すべきであるから、原告の右自白の撤回は許されるものというべきである。
(二) 右認定のとおり、本件各物件は譲渡担保ないしはこれに類する担保に供されたものであるが、このような債権担保のための所有権移転の場合には、その経済的実質にかんがみ、設定者において目的物に対する取戻権を喪失する等の事情が発生するまでは、所得税法にいわゆる「資産の譲渡」があつたものとすることはできないと解すべきである。それゆえ、右各物件の代物弁済によつて資産の譲渡があつたとした被告の認定は誤りであるといわざるをえない。
(三) ところで、課税要件についての事実誤認が課税処分を無効にするのは、右誤認の瑕疵が重大かつ明白である場合に限られる。
そこで、本件において被告が資産の譲渡が存すると認定した経緯についてみると、本件各物件につき、原告から丸紅飯田に対し代物弁済を登記原因とする所有権移転登記がされていることが被告の右認定の有力な基礎資料となつたものと推認されるところ、上来認定したとおり、この登記は、原告が丸紅飯田に対し所有名義を移転することを承諾したうえで、その登記手続に必要な書類一切を交付した結果行なわれたものである。そして、右登記当時赤城衣料は丸紅飯田に対して二〇〇〇万円を超える買掛金債務を負担しており、このような債務のために代物弁済をするということは取引上よくみられる事柄である反面、個々の具体的場合において目的物の所有権の移転により既存債務がどのようになるかの認定判断は微妙な法的評価を伴い必ずしも一義的に明らかなことではない。これらのことと、課税処分は比較的短期間に大量的に行なわれるものであることを前提として考えれば、本件においては、被告が登記簿の記載に依拠して代物弁済と認定したことも無理からぬところがあり、その誤認をもつて何びとからみてもほぼ異論がないほどに客観的に明白な瑕疵であるということはできない。
(四) そこで、右代物弁済による資産の譲渡を前提として譲渡価額の点についてみるのに、原告が本件各物件の所有名義を丸紅飯田に移転した当時赤城衣料に対する丸紅飯田の売掛金債権額が一八九〇万四五六二円を下らなかつたことは前認定のとおりであり、また、第一、第二物件について赤城衣料に対する東京相互銀行の債権四三二万四四二八円を被担保債権とする抵当権が設定されていたことは当事者間に争いがない。そうであるとすれば、これらを基礎として譲渡価額を右の合計二三二二万八九九〇円と認定した被告の判断もまた明白な誤りということはできない。
(五) 次に、本件各物件の取得費について判断する。
第一物件の取得費が四一四万二六〇〇円であつたこと、第四物件の取得費が二九万四三五九円であつたことは当事者間に争いがない。
第二物件は訴外須永とくの所有であつたが、原告が昭和三三年四月一六日同人から右物件の贈与を受け、これに伴い須永とくに対して「みなし譲渡」として譲渡所得税が課されるとともに、原告に対しても贈与税が課されたが、その際の評価額が七二万円であつたことは当事者間に争いがなく、また、右物件の減価償却額が一四万一三八四円であつたことは原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そして、右取得後に原告がこれに増改築を加え、その工事代金として一八九万九三一〇円を要したことは被告の認めるところであり、右額を超える支払いをしたとの原告の主張にそう原告本人尋問の結果はたやすく採用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない(甲第一三号証の一ないし一〇の合計額は一八九万九三一〇円に達しないし、また、甲第二九号証、第三〇号証の一ないし七は原告の建物取得前の工事に係るものであるから、これを加えることはできない。)。また、右増改築により価値を増した部分の減価償却額が三九万〇〇二三円であつたことは原告が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。そうすると、第二物件の取得費は、前記評価額七二万円に増改築費一八九万九三一〇円を加えた額から減価償却額の合計額五三万一四〇七円を控除した二〇八万七九〇三円を上まわらないこととなる。
第三物件は訴外須永とくの所有であつたが、原告が昭和三二年一一月一八日同人からこれを買い受けたところ、右売買は著しく低い価額で譲渡したものとして、須永とくに対して時価による譲渡所得税が課されるとともに、原告に対しても贈与税が課されたことは当事者間に争いがない。原告は、当時の右物件の面積は九一・三二坪であつたとして、その際の評価額が四六万〇二二四円であつたと主張するが、成立に争いのない甲第一一号証、乙第三号証によると、丸紅飯田に対し所有権移転登記がされた当時の同物件の面積は五九・八六坪となつていたのであるから、原告の主張する四六万〇二二四円を基礎として右五九・八六坪に対応する評価額を計算すると、三〇万一六七四円となる。この額と被告の主張する評価額三〇万一六三四円との相違が僅差であることからみて、右被告主張額は誤算であると認めるべく、三〇万一六七四円をもつて第三物件の取得費とすべきである。
以上のほかに取得費に算入すべきものがあることは、本件無効確認訴訟における無効事由としては主張されていない。
したがつて、本件各物件の取得費は、以上を合計した六八二万六五三六円となる。
(六) よつて、本件各物件につき資産の譲渡を前提とする譲渡所得金額を算出すると、(四)の譲渡価額二三二二万八九九〇円から(五)の取得費六八二万六五三六円を控除し、さらに特別控除額一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する八一二万六二二七円となる(旧所得税法九条)。
2 不動産所得
(一) 右にみたとおり、本件においては、原告に譲渡所得ありとした被告の認定の誤りをもつて無効原因たる明白な瑕疵であるということはできないが、被告は、さらに、右譲渡所得のほかに申告洩れの不動産所得があつたと主張し、これに対して、原告は、課税処分時において把握されていなかつた所得の存在を主張して課税処分を根拠づけることは許されないと反論する。
しかしながら、課税処分無効確認訴訟においては、当該処分の課税標準又は税額の認定に重大かつ明白な瑕疵があるか否かによつて処分の効力が決せられるのであつて、右課税標準又は税額を認定するための各種所得の内容は単なる攻撃防禦方法にすぎないと解されるから、右訴訟において、被告たる課税庁が当該処分の効力を維持するため処分当時に認定した所得とは異なる所得の存在を主張することは、なんら妨げられないものというべきである。
なお、本件訴訟の経過にかんがみれば、被告が訴訟の途中において右新たな所得の存在を主張したことは、いまだ時機におくれたものとは認められない。
(二) 原告が昭和三八年一二月三一日東京作業服に第二物件のうち別紙図面のA、B、Cの部分を月額賃料七万円で賃貸し、本件係争年中に同年分の賃料として八四万円を受領したこと、昭和三九年七月一日右会社に同図面のD、E、G、Hの部分を月額賃料六万円、賃貸期間である昭和四五年一二月三一日までの賃料を一括前払いする場合はその額を三六〇万円とするとの約定で賃貸し、昭和三九年八月一五日に四〇万円、同月一七日に一八五万円、同月二二日に一三五万円の合計三六〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、また、右A、B、Cの部分の一年分の減価償却額が三万三七四一円であること、D、E、G、Hの部分の全賃貸期間分の減価償却額が二四万一二八六円であることは、原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
弁論の全趣旨により成立を認める乙第一五号証、成立に争いのない乙第一六号証に証人堀田作治の証言を合わせると、東京作業服は、原告から事業資金として三〇〇万円ないし四〇〇万円の貸与を申し込まれたが、金銭の貸借には不安があつたので、前記のとおり昭和四五年一二月三一日までD、E、G、Hの部分を賃借し、全期間の賃料として三六〇万円を一括前払いすることとし、これを前記の日に支払つたこと、また、東京作業服は、昭和三九年七月一日原告に対し右D、E、G、Hの部分の賃貸借の権利金として二五〇万円を支払つたことが認められる。
以上の事実によれば、原告の係争年における不動産所得の総収入額は、賃料の合計四四四万円に権利金二五〇万円を加算した六九四万円であり、この六九四万円から減価償却額合計二七万五〇二七円を控除した六六六万四九七三円が原告の不動産所得金額となる。
3 以上によれば、被告が本件課税処分の効力を維持する事由として主張するところのうち、譲渡所得については少なくとも所得金額八一二万六二二七円の限度においてこれを無効とすべき明白な瑕疵はなく、また、不動産所得六六六万四九七三円の認定は正当であり、給与所得二七万四〇〇〇円の存在については当事者間に争いがない。そして、異議決定により一部取り消された後の本件課税処分がこれらを合算した範囲内で行なわれていることは、明らかである。
それゆえ、結局、本件課税処分には原告主張の無効事由はないというべきである。
四 よつて、原告の主位的請求に係る訴えは不適法として却下し、予備的請求は理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤繁 中根勝士 菊池洋一)
物件目録、家屋図面<省略>